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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(し)3号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件再抗告の趣意のうち、違憲をいう点は、少年法二三条二項による保護処分に付さない旨の決定に対しては、たとえそれが非行事実の認定を明示したものであつても抗告が許されないとした原審の判断は正当であり、このようにして解しても憲法三一条、三二条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判例(昭和二二年(れ)第四三号同二三年三月一〇日判決・刑集二巻三号一七五頁)の趣旨に徴して明らかであるから、所論は理由がなく、判例違反をいう点は、所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でないから、前提を欠き、少年法三五条一項の抗告理由にあたらない。

よつて、少年審判規則五三条一項、五四条、五〇条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

附添人弁護士田中由美子、同神山啓史、同川人博の再抗告申立書

前記抗告審の決定は、憲法に違反し、また憲法の解釈に誤りがあり、さらには最高裁判所の判例と相反する判断である。

一、本件抗告審が、本件抗告を棄却した理由とするところは、要するに、少年法三二条において「保護処分の決定に対しては」抗告することができると規定するが、この「保護処分」は同法二四条一項所定の「保護処分」に限られるから、非行事実の存在を認定した上でなされた「不処分決定」に対しては、非行事実の存否の判断が仮に少年にとつて不利益であつたとしても、現行法の解釈としては採用しがたい、とするものである。

右決定理由において、抗告申立の理由は「理解できないわけではない」「立法論としてはともかく」とし、少年の不利益を放置することの不当性を認識しながらも、結局「法が予定していない」という形式論によつて、この不利益を無視しているのである。

これは、少年の不利益ないし人権侵害状態を是認する判断であり、憲法三一条、三二条に違反する。

二、<少年審判と適正手続>

1 少年法三二条と憲法三一条(適正手続)

憲法は、人権の保障を最高価値とし、いやしくも権力行使によつて国民の人権が制限されたり不利益を受けるについては、権力行使の正当性が担保されねばならないとして、三一条に適正手続条項を規定している。

少年法三二条は、右憲法三一条の少年審判手続における具体化である。すなわち、少年法の目的は少年の健全育成であり、この為家庭裁判所には右目的に沿つた後見的福祉的機能が与えられ、全件送致・職権主義的構成によつて少年審判が行われるが、この国家的保護の追求が必ず正しいという保障はなく、過誤を正し、不当な処分ないし判断から少年を救済する司法的手続が必要なのである。

このように、少年法三二条は、憲法三一条に基づき少年が自身に対する不当な侵害に対し、救済を求めうる唯一の上訴制度であるから、右法文の解釈にあたつては、右立法の趣旨を鑑みることが必要である。

2、少年法三二条の解釈

少年法三二条の立法趣旨からすれば、法文上は「保護処分」と規定されているが、同法二四条に規定される狭義の「保護処分」に限定されない。それ以外の決定であつても、少年の人権に対する不当な侵害が存在する以上、右決定は、本条における「保護処分」と解される。

少年審判手続における家庭裁判所の決定はすべて少年に対する保護方法の判断である。従つて、不処分決定と言えども、家庭裁判所が当該少年に狭義の保護処分の方法を採用しないということにとどまり、保護処分であることに変りはない。非行事実の不存在を前提とする不処分決定は、そもそも非行事実が不存在であるが故に保護処分と言い得ないこと勿論である。

仮に、「保護処分」中に非行事実の存在を前提とする不処分決定が含まれないとしても、保護処分と実質的に同視しうる不利益ないし人権侵害が存在するから、その場合に同条を類推解釈し抗告を認めるべきである。

3 非行事実の存在を前提とする不処分決定の不利益性ないし人権侵害

抗告理由中に述べた様々な不利益ないし人権侵害は、「保護処分」と実質的に同視しうる質を有するものである。

これに対し抗告審は、その理由中において「保護処分に付さない旨の決定は、事後なんらの保護手続も進行させないことを内容とする……その前提である非行事実の存否の判断が仮に少年にとつて不利益であつたとしても……結論に着目する限り利益な裁判といわなければならないから……上訴の利益を認めることの合理性は乏しい」とする。

しかし、右判断は、少年法の理念である少年の「健全育成」「保護主義」に反する。すなわち、成人の刑事手続における結論と言うべき刑罰は、応報刑である故に、結論の如何が利益・不利益の基準となる。ところが、少年審判手続においては、審判開始・不開始の決定から、審判・処分の決定に至るまで、すべて一連の保護手続である。従つて、単に結論の如何において、利益・不利益が判断されるのではなく、右全過程における保護手続において、保護的観点から、利益・不利益が判断されるべきである。よつて、抗告審の右判断は、少年法の理念を忘れた不当な判断と言わざるを得ない。

また、単に「決定の理由中に示された判断の当否」とするが、前述のとおり、少年法の理念からすれば結論が重要ではなく、″過程″が重要なのであることからすれば、非行事実の存否は、当該少年にとつては、最も重要な点である。

形式的に理由中に書かれるから、法が予定していないとするというのでは、何ら説得力を持たない。

4、以上のように、帰行事実の存在を認定した上での不処分決定は、少年法三二条の「保護処分」に含まれ、または、その立法趣旨からして当然類推解釈すべきであるにもかかわらず、これをせず、形式的に、本件の場合には同条の適用なしとした判断は、同法がよつて立つ憲法三一条に違反している。

三、<裁判を受ける権利(憲法三二条)>

抗告審の決定は憲法三二条に違反する。

1、少年が少年法三二条による救済を求めることができるにもかかわらず、これを適用ないし類推解釈をせず、単なる形式的判断により抗告を認めなかった抗告審の判断は、少年に与えられた裁判を受ける権利を侵害する。

2、少年は、少年法の理念に基づいた裁判を受ける権利を有しているにもかかわらず、少年法の理念とはおよそかけ離れた単なる形式的判断によつて上訴権が奪われた。

少年審判手続においては、刑事訴訟法におけるような厳格な適正手続条項が存しないのは、少年審判手続ないし上訴手続が少年法の理念に沿つて、実質的に運用されることが期待されていることこそ、法が予定しているところである。

3、立法政策の問題として、判断を回避し、現存する不法を放置している。すなわち、国の手によつて誤つて非行者として認定され、しかもそれに対し非行者でないと認定される道がないという事態が放置されることは裁判を受ける権利を侵害するものである。

もちろん、司法権の使命には厳然たる限界があり、いやしくもその限界を逸脱して立法権、行政権を侵犯することがあつてはならないのは、三権分立の大原則からいつて当然のことであるが、このことと裁判所が人権の最後の砦として、司法本来の任務の範囲内において、法の解釈適用に創意工夫を凝らして事態に対処して行くことは全く別のことである。不当な人権侵害が存在するのであれば進んでこれを救済することこそ司法の指命ではないのであろうか。

三、<判例違反>

昭和五八年九月五日、最高裁判所は、非行事実の不存在を理由として保護処分の取消を求める申立に対してされた保護処分を取消さない旨の決定に対しては同法三二条の準用により抗告が許されるとした。これは、同法三二条の文言上、右抗告は同法二四条一項所定の保護処分を言い渡した決定ではないそれ以外の決定に対しても準用により抗告を認めるものである。右決定は、少年の健全な育成と保護を窮極の目的とする少年法の目的に沿つて同法三二条を柔軟に解釈する姿勢をとつている。しかも同法二七条の二第一項が少年審判の実務において非行事実がなかつたことを認めうる明らかな資料を新たに発見した場合を含むと解釈・運用されている点を十分「支持することができる」と言明している。このことからすれば、同法二七条の二第一項が、実務において、広く、非行事実の存在を認定した不処分決定に対する取消を認めている点もまた、十分「支持することができる」との言明を得ることもできると思われる。

本決定は、保護処分の取消を求める申立に対してこれを取消さない旨の決定は、保護処分の決定とその実質を異にするものではないと、するが、これは、本決定の姿勢に照せば、保護処分の決定と実質を異にするものではない不利益ないし人権侵害が存在する場合は、同法三二条で救済されることを明らかにしたと解される。

よつて、非行事実の存在を認定した不処分決定は、少年の人権を侵害する故、同法三二条の保護処分と実質を異にするものではないから同法三二条の準用が為されるべきである。

本件抗告審の決定は、右最高裁判所の決定に相反する。

五、結論

以上のように、本件抗告審の決定は、憲法三一条・三二条に違反または、憲法の解釈に誤りがあり、さらに判例に相反する。よつて少年法三五条にもとづき再抗告の申立をする。

近時、捜査機関の行き過ぎが問題となつており、少年の冤罪が増加している由々しい現況が存在する。不処分であるからと言つて、安易に非行事実の存在を認定し、これに救済の途を開かないことは、右現況に一層迫(ママ)車をかけるものである。

そして、本件少年が本件によつて得た苦しみの深さを御理解いただき、少年が、とり返しのつかない人生を歩むことがないよう、そのような事態が放置されることがないよう、少年を救済する途を開かれることを少年と供に申立てるものであります。

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